misoraわーるど

~パニックママのはなまる生活~      家族とともに、病気と共に。         てんやわんやなmisora家の日常

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 温かいコメント、ありがとうございました。 



無事に、お通夜、お葬式、お骨あげ、、お寺さんでの法要、初七日、済ませることができました。



おばあちゃんはとてもきれいなお顔をして、ほんのりお化粧をしてもらい、

おじいちゃんのもとへ旅立って行きました。





子どもたちは、4時間目まで登校し、早退してお葬式に参列させました。




おばあちゃんが生前からよく、お葬式は着物着てな~、と言っていたので、

私たち孫も、全員、喪服を着せてもらいました。




パパは私の体力と心を心配して、服着て行け~(裸でいくという意味ではなく…)と言っていましたが、全然大丈夫、

かえって凛とした気持ちを保てたように思います。







最後の献花や、お骨あげなど、子どもたちには初めてのことばかり。


どのひ孫よりも好奇心旺盛で、前へ前へ、自分が自分が、オレがオレが、な、うちの二人組でした。 








おばあちゃんとは、私が病気になったこともあり、もう数年会っていませんでした。


ところが、ほんの二か月程前、突然電話があったのです。



「kumiか~?

 おばあちゃんな、おまえに会いたいんや~。

      今日、来てくれるか~?」




って。



私、飛んでいきました。


たわいもない話をして、また今度子どもら連れてくるわ~って、それで数日後に子どもたち連れて行って、



あーちゃんには、べっぴんさんになったなぁ~って。

ゆうぽんには、かわいらしなぁってずっと手を握って。



それから少ししておばあちゃんが入院し、4人でお見舞いに行くと、すっかり顔が変わっていて弱々しくなり、その数日後に亡くなりました。






虫の知らせだったのかもしれません。



でも、おばあちゃんは私に後悔させることもなく、

そして、元気な時、弱々しい時、そして亡くなった時、骨になってからも、

おばあちゃんはとても大きな命の授業を子どもたちにもしてくれました。





私には、おばあちゃんが、私が元気になるのを待っていてくれたとしか思えないのです。



その気持ちに応えるべく、最後まで式にはしっかり出ようと思いました。

そしてそれには、喪服は、最適の衣装でした。




93年生きたおばあちゃんの偉大さを、心より尊敬してやみません。




       おばあちゃん、ありがとう。 







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